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1989年11月14日

朝から Volnay へ向かう。

私の好きなドメーヌを探すがなかなか見つからない。町中ウロウロしてやっとの事で探し求める。何せ看板どころか表札までないのだ。玄関にやたら派手に「デギュスタシオン」と書いたデカイ看板を掲げているところに旨いワインはないのである。
 先客があったので暫くここのお孫さんと遊ぶ。可愛い子だ。
白のムルソーからテイスティングを始めいろいろ質問しながら赤へと移る。お目当ての Clos de Chenes は実に素晴らしい。と褒め言葉を並べると奥の方からハーフサイズのエチケットも貼っていないボトルを取り出してきた。グラスに注がれた液体は紫がかった濃い赤色を呈するのである。「85か?」と尋ねると何と76とのこと。驚きの76である。まだ若さビンビンで後5,6年以上はかかるであろうとの説明、さらに飲み頃を迎えてから20年以上は持つとのこと。
今年は畑に葡萄のみがたくさん残っているが、それらは Verjus といってACワインには出来ないとのこと。1969年以来の珍現象だという。要するに収穫後に晴天が続いたため未生育の葡萄が完熟したのだそうだ。12月に摘み取って自家用ワインまたはVins de Table として主に生産者だけで飲用にするとのこと。訪れたドメーヌはMichel Lafarge である。
 別れを惜しみながらルイ・ラトゥールへ向かうがあいにくの霧のため畑は全く見えない。コルトンの丘も見えずじまいだったがボーヌ市内に入ると霧が消えている。程なくルイ・ラトゥール社に到着。勿論派手な看板など無い。
ミッシェル・ヴァニア氏と会い案内のハンサムボーイに連れられて Ch. Corton Grancey へ。Corton-Charlemagne の説明をもう少し聞きたかったが霧のため断念、シャトーで7種類テイスティングの後また事務所へ戻る。お昼だ。グジェをつまみながら Pol Roger Brut で乾杯、メインダイニングに入ってCorton-Charlemagne 1985 で前菜を楽しみ、メインの皿には Gevrey-Chambertin LesCazetieres の1979 を用意して頂いた。最近になって色が濃くなってきたとの説明だが私には?デザートにケーキが出てきたがその凄い量に圧倒されてしまった。
 食後予定より少し遅れて Domaine Tollot-Beaut へ。ナタリーと久し振りに会う。樽から88の Savigny Champs-Chevrey , Savigny Lavieres , Beaune Greves ,Aloxe-Corton, Corton Combes, Corton-Bressandes , 更に白の Bourgogne ,Corton-Charlemagne をテイスティングするが全体に薄く柔らかく82と似た感じで恐らく何も買わないだろう。1989物はテイスティングには早すぎるという。
 トロ・ボーを後にしてムルソーの有名な Comtes Lafon へ。ジャック・プリュールのそばのドデカイ貴族屋敷である。先ずは玄関先でいろいろ質問を受ける。こちらの知識を探っているみたいでイヤな感じ。この人物こそブルーノ・ラフォンという30歳位の若者だ。取り敢えず第1関門を突破し中に入るが、階段をほんの数段下るだけでセラーに。樽は決して新樽100%ではない。 Clos de la Barre から次々と飲んでいくが特に Charmes が不味い。砂糖水みたいで手がネバネバとする有様。第一級の上物ジュヌヴリエール、ペリエールと続くがそんなに凄いとは思わない。が最後にMontrachet を飲ませてくれた。1988年物は日本にも売るとのことだ。
 この日は特に寒く女性軍は運良くダウンしてしまい晩飯に行かずに済んだのである。・・?・・男性軍4人は意気揚々と ラ・ロティスリー・デュ・シャンベルタン へと霧の中鼻歌を口ずさんで車を飛ばす。と店の前まで辿り着いたが入口が分からない。奥の方で何やら歌声のような気配があるが人形が置いてあるだけ。この人形達はワイン造りに関わっているものだというのは分かるのだが、恐る恐る先へ進むが通路は地下へ降りていくようだ。更に深く地下に潜るとやっとレストランの入口に。ガラスドアを開けると左手に大きな水槽がありラングーストやオマールが泳いでいるではないか! さらにお客でほぼ満席なのだ! 「イイとこ見つけた!!」とニンマリ。先にメニューを決め私はフォアグラのサラダと鹿を注文。ブルゴーニュに来てシャンパーニュを注文するのも少し気が引けるので、素っ気ないワインリストから Corton-Charlemagne1983 を発注する。ここのリストにはワインの名称とヴィンテージ、そして価格だけの表記で生産者については一切触れていない。しかしご立派にも赤ワインの殆どがシャベル・マジ・シャルムとジュヴシャンの特級銘柄の勢揃いなのだ。
 で、まさかラペ・ペール・エ・フィスのものとは想像もしなかったのである。一口含んだだけでT氏の顔が引きつってしまった。余りに酷いのでシャンパーニュを注文するがこれまた良くない。
 極めつけは1961年の Chambertin 。エチケットの類は何もついていない、ただチョークで名称とヴィンテージだけが手書きされている。こんな事がまかり通って良いのだろうか?Morin の古酒の如く、どれをとっても似た味だったに違いない。腰砕けで甘いだけのブルゴーニュ、香りの特徴も何もない。後で分かったことだがここの赤ワインは全てルイ・トラペの物で白は全てラペの物だった。
 唯一の救いはソムリエールが別嬪であったことぐらいか? 鹿肉はフェザンティーグ?しすぎというかほぼ完璧に腐って異臭を放っているが、「こんなもんだ」と相手にしない。勿論付け合わせだけ食べて残してしまったのは云うまでもない。
 この地下レストランには小蝿が多い。その一匹がコルトン・シャルルマーニュに飛び込んだ。飲まないからいいものの非常に不愉快である。厨房も恐らく不潔ではなかろうか? 
 他のテーブルはというと殆ど英語圏の人たちで騒がしい。日本人も1人混じっている。
 こんな所で日本人が3人も働いていると聞くが何を学ぶつもりなのだろうか?「朱に交われば・・・」と云うが末恐ろしい話である。
張り切って出かけた訳だが、4人は足取り重く階段を上がり、車に乗り込みスゴスゴとホテルへ。戻ってきたのはホテル・ル・セップというボーヌのど真ん中に位置する老舗?だ。部屋にはブルゴーニュの産地の名前が付けられていて私の部屋は Vergelesses 。当然並の部屋だ。スイートにはグラン・クリュの名前が付いている、例えば Musignyとか...。あーっ疲れた!

posted by:Georges :

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