ワインと葡萄

ワイン用ブドウラボ、たまにピアノ

閑話休題


Val-des-Marais ヴァル・デ・マレは先日コート・デ・ブランの周辺地区その1で説明したが、スザンヌ・ブランシェ著の Les Vins de Champagne にコミューンそのものの記載が無いことが判明した。

ネットで調べると次のことが分かる。

Village né de l'association de quatre anciennes communes le 1er janvier 1977 : Coligny, Aulnizeux, Aulnay aux Planches et Morains le Petit, toutes situées autour des Marais de St Gond, au pied du Mont Aimé dans la plaine champenoise.
La superficie est de 3 958 ha dont 27 ha de vignes et une centaine d'hectares de marais.

即ち1977年の1月1日にColigny, Aulnizeux, Aulnay aux Planches et Morains le Petit という4つのコミューンを統合して発足した新しいコミューンである。

4つのコミューンの内、従来の格付けで登録されているのは「Coligny コリニー」だけであり格付けはこのコリニーのそれを踏襲していて、白葡萄即ちシャルドネ・ブランは90%クリュ、つまりプルミエ・クリュ。残念ながら黒葡萄は87%クリュつまり並ということで、ヴァル・デ・マレはプルミエ・クリュを名乗れない。

しかし前述の通りこのコミューン、ヴァル・デ・マレではシャルドネ・ブランしか栽培されていないため、実質プルミエ・クリュを名乗れるということ。

で、問題となるのはこの新しいコミューン、ヴァル・デ・マレをコート・デ・ブランに組み込もうとしている動きがあるということ。

実際にこちらのサイトではコート・デ・ブランのコミューンの一つとして紹介している。

殆どの人が知らない区分けヴァル・デュ・プティ・モランでは売れないが、コート・デ・ブランとして認知されればこのコミューンの生産者は一躍有名になる可能性がある。政治家が動けば訳なくそうなるであろう。

コート・デ・ブランの領域については別に INAO が定めたわけではないので、コミューンが追加されるのは大いに考えられる事案である。

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Côte des Blancs 2

シュイイから南西5キロのコミューン CUIS 51200 キュイ(キュイスと発音するフランス人も居る)は農業従事者100名、畑の総面積 176,10 ha、その内シャルドネ・ブランは169,30 ha、ピノ・ムニエは6,40 ha、ピノ・ノワールは0,10 ha 、シャルドネ・ブランの比率は 96.3%で、格付けは白葡萄 95%、黒葡萄は90%である。つまりプルミエ・クリュ。

このコミューンの代表的生産者は Champagne Pierre Gimonet & Fils ピエール・ジモネで 22ヘクタールの畑(キュイの畑の12.5%)を持っている。またブルモー家もこの地出身の生産者である。現在2つのブルモーと名の付くシャンパーニュ・メゾンがあるが、クリスチャン・ブルモーはウィリアム・ブルモーの息子であり、拠点をアヴィズに移している。シャンパーニュ・ティエリー・ブルモーは同じくウィリアム・ブルモーの息子であり、クリスチャンとは歳が9つ離れた弟である。

キュイは東にシュイイ、南東にクラマンと接しているが北側と西側に隣接するのはコート・デ・ブランではなく、Pierry ピエリー、Chavot-Courcourt シャヴォ・クルクール、Montelon モンテロンなど La Région d'Épernay ラ・レジィオン・デペルネ(エペルネ周辺地区)に含まれる地域であり、これらのコミューンは土壌が若干異なるため黒葡萄中心となる。

次にクラマンはキュイから南東に3キロほどのコミューンであり格付けは100%グラン・クリュで農業従事者 232名、畑の総面積は345,40 haの内シャルドネ・ブランは 345,00 ha、ピノ・ムニエは僅か 0,40 ha でありピノ・ノワールの栽培は無い。シャルドネ・ブランの比率は99.9%と非常に高い。

クラマンのコミューンは漢字の凹みたいな形であり、北はシュイイ、北西部はキュイと接し、東はオワリー、南はアヴィズ、西はグローヴとそれぞれ接している。
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Côte des Blancs


最後に残るは本家本元のコート・デ・ブラン、エペルネから5キロ程南東のコミューン、Chouilly シュイイから南へ続く白亜質土壌のコミューン群である。

先ずはそのシュイイCHOUILLY 51200は農業従事者 210名、葡萄畑の総面積 525,90 haの内シャルドネ・ブランは 519,10 ha、ピノ・ムニエは1,50 ha、ピノ・ノワールは 5,00 haでシャルドネ・ブランの比率は 98.7%。白葡萄の格付けは100%即ちグラン・クリュであるが、黒葡萄の格付けは95%、つまりプルミエ・クリュとなっている。シュイイ は東にオワリー、西にキュイそして南はクラマンとそれぞれ接している。

シュイイから東へすぐの(約3キロ)OIRY 51200 オワリーは農業従事者24名、畑の総面積 88,20 haの内シャルドネ・ブランは 87,70 ha、ピノ・ムニエは僅か 0,50 ha でシャルドネ・ブランの比率は 99.4%と高い。

オワリーは南北に細長いコミューンで、西はシュイイに南はアヴィズやクラマンにそれぞれ接している。オワリーの格付けは100%グラン・クリュであるがここを拠点としている生産者は少なく、昔は Champagne Lang-Biémont があったのだが現在は Avize アヴィズに移転しているらしい。

続く

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Montgueux
コート・デ・ブランに類する地区その4はMONTGUEUX 10300 、ヴァル・デュ・プティ・モランやセザネそしてヴィトリアは複数のコミューンで構成されているが、このモンギューは郵便番号10300オーブ県のモンギューという1つのコミューンだけに限られた地域である。

モンギューはフランスの例のワイン評価本が「Montrachet de Champagne」などと騒いだためか、オーブであるにも拘らず高い値段で売る生産者が結構存在する。

フランスワインの法律上はシャンパーニュとして認められているが、本来のシャンパーニュと云えばランス・エペルネに近いマルヌ県内がその範囲であり、実際にグラン・クリュとプルミエ・クリュは全てマルヌ県内に限られるのである。

オーブ界隈のコミューンはすべて80%クリュ、即ちそれ以下の無い最低ランクであることを忘れてはならない

単一コミューンのモンギューなのに生産者は数多く、最近できたばかりの生産者も少なくない。「シャンパーニュのモンラッシェ」と聞けば、欲しくなるワイン愛好家が現れるし、一獲千金を夢見てこの地でシャンパーニュの生産を始める輩も少なくないはずだ。

煽るのはあの雑誌と云うか評価本の2人、それに例のワイン評論家やマスター・オブ・ワインとか訳の分からない資格を吹聴する連中が纏わりついて高いシャンパーニュに仕立てるのである。

声を大にして言いたいのは「オーブの発泡性ワインはオーブでしかない、マルヌ県産のシャンパーニュと同じような価格で取引されるようになったのはごく最近のことである」。

オーブではガメイ・ノワールでシャンパーニュを造っていた強者も居たわけで、法令を守っている生産者など数少なかったように記憶している。収穫もマシーンで行っていて、それを指摘すると「自家消費用のワインを造るのだ」と即座に答える。しかしその畑の看板には堂々と「Champagne 何某」と表示していたなど鮮明に覚えている。

オーブの中心地はシャンパーニュの都ランスから一体何キロ離れているのかご存知だろうか?

例えばバール・シュル・セーヌからランスまでの距離は162キロ、車で飛ばしても1時間と38分もかかるのだ。大阪から名古屋と同じくらいの距離であり、こんなに離れているのに同じアペラシヨン・シャンパーニュで括っていること自体不思議な話なのである。

ボルドーとベルジュラックの関係をご存知だろうか?

ボルドーとベルジュラックは地続きなのだが、県が違うため、1メートル否1センチだけジロンド県からドルドーニュ県に足を踏み入れた途端にアペラシヨンはボルドーからベルジュラックへと変わってしまうのである。

即ちアペラシヨン・ボルドーの範囲はジロンド県に限られているのである。

県境に石垣などは無く、境界線を示す立て札なども見かけたことは無いが、とにかくドルドーニュ県の葡萄はボルドーとしてワインに醸造されることは無い。

おかしな話ではないか。

ボルドーは腐ってもボルドーであり、世界中に輸出されるがベルジュラックはそういう訳にはいかない。

ジロンド県に植えられている葡萄はドルドーニュ県に植えられている葡萄とほとんど同じであり、アペラシヨン・ボルドーとアペラシヨン・ベルジュラックのワイン醸造に関する法令はほとんど同じなのだが、片や世界に名だたるボルドー、片や安物ワインの代表とも云われる存在となってしまっている。

シャンパーニュはどうなのか?

シャンパーニュの都ランスからは160キロ程離れたオーブはシャンパーニュというよりブルゴーニュワインの生産地に程近い訳であり、実際にヨンヌ県とコート・ドール県と隣接している訳だ。

これだけ地域が離れているのに、また他県であるにも拘らずシャンパーニュを名乗れるというのは政治の力によるものであることは間違いない

閑話休題、モンギューに話を戻そう。1989年創刊のスザンヌ・ブランシェ著 Les Vins de Champagne によるとモンギューはオーブ県だが地域としてはコート・ド・セザンヌに属するとしている。

前述のコート・ド・セザンヌを見てもらうと南端のモンジェノストからさらに南下してオーブ県に入り Villenauxe-la-Grande ヴィルノクス・ラ・グランド、さらにそこから63キロも離れたこのコミューンもコート・ド・セザンヌの範囲と括っているのだが、ヴィルノクス・ラ・グランドの地層ははジュラ紀層であり葡萄はピノ・ノワールとなっていてシャルドネ・ブランが植わっているかはかなり疑問、そこから数十キロも離れたモンギューは白亜質土壌でシャルドネが植えられているがあまりにも距離が離れていて、コート・ド・セザンヌに組み入れるにはかなり不自然である。

参考資料として著書に記された当時の生産者は次の通り。

Récoltants-Manipulants
Beaugrand Henriette
Lassaigne Christian
Lassaigne Firmin

当時の住民の数は344名、葡萄畑の広さは137ヘクタール、葡萄は殆どシャルドネであったがごく一部にピノ・ノワールがあったとしている。

現在のモンギューはこちらをご覧あれ、フランスではかなり大きな町トロアの西10キロほどのコミューンであり現在の状況はこちら、農業従事者は90軒、葡萄畑は総面積 207,50 ha、うちシャルドネ・ブラン 187,40 ha、ピノ・ムニエ 0,80 ha、ピノ・ノワール19,00 ha となっている。

モンギューもしくはモングーはコート・デ・ブランからは遠く離れているがトロアの西の高台、調べてみたら白亜質土壌、これはシャルドネ・ブランに向いているということで目を付けられた特別の区画という訳である。
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第414回ワイン大学定例会@東心斎橋日本料理翠
更新が滞って申し訳ございません、本日よりサボっていた朝練復活しました。一歩も外へ出ず、室内の畳一畳程度のスペースがあれば可能なダイエット法を実践して1年ほどで体重20キロ減少を達成しました。

サプリメントで痩せることなど不可能に近いですよ、痩せ薬などは言語道断、体調を崩すだけです。楽して痩せるなど理論的にあり得ません。運動して痩せるのが一番健康的です。興味のある人はその方法をお知らせしますので是非一度ワイン大学定例会にお越しくださいませ。

後程詳しく










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