ワインと葡萄

ワイン用ブドウラボ、たまにピアノ

Roero Arneis 2007 Casa Vinicola Bruno Giacosa
ブルーノ・ジャコーザ、昔の名声は幻だったのか!

昔からイタリアワインの高級品には全く興味がありませんでした。バローロやバルバレスコなどお高い割に感動は少なくサッシカイアやソライアの方がずっと性に合っておりました。もちろんそれは定価で5,000円程度の頃のお話であり、今のサッシカイアの価格では全く買う気も起こりません。1988年のサッシカイアは香港のレミー・ニコラで確かHK$215(当時のレートで2200円位)で買ったのを今でも覚えていますが、味と価格のバランスで申し上げるとかなり格安でありました。ですがソライアなども味から判断すると(今現在の時点で)定価で8,000円程度が関の山、それ以上支払う価値はないと考えます。ついでに申し上げるとカリュアードなどは3,500円程度の品質であり、パヴィヨン赤なども同程度の物なので、こんなワインを高値で買うなど以ての外であります。

特定のワインの人気はどこから生まれてくるのでしょうか?

映画のワンシーンでスポットライトを浴びたワイン、小説のクライマックスに登場したワイン、漫画で絶賛されたワイン、ネットを使って値をつり上げられたワインなどその発端は様々でしょう。

私は昔流行ったワインというカテゴリーがあっても良いと思います。

その例としてルイ・ラトゥールのワインを挙げます。何度か申し上げたと思いますが私がワインを飲み始めた頃ブルゴーニュと云えばネゴシアン全盛の時代でありました。代表的な例はジョセフ・ドルーアン(雪印)、ルイ・ジャドー(兼松・日本リカー)、ルイ・ラトゥール(バークレイ・廃業)、アルベール・ビショー(三楽)その他いろいろありました。中でも高級品はルイ・ラトゥールとルイ・ジャドーの独擅場(どくせんじょう)であったのは記憶に古くありません。各ネゴシアンのワインはホテル系レストランを中心に日本各地へとその販売網を広げていったのですが、独自路線で百貨店(高島屋)中心に販売してきたのがDRCを擁するルロワでありました。

その名残は現在のリー○・ロイヤルホテルのルイ・ジャドー大阪独占販売の密約であります。ルイ・ジャドーのワインはロイヤルが一手に引き受けるから酒販店のみならずホテル・レストランなどでは一切販売してはならないと云う独占禁止法もビックリの取り決めでありました。唯一大阪圏内でルイ・ジャドーのワインを買うことが出来たのは尼崎のワインショップ・ワールドさんだけでありました。兵庫県だったから許されたのでしょうね。

話を戻しますが昔はルイ・ラトゥールのワインは大変美味しい物でした。記憶に残るのは1979年のコルトン・シャルルマーニュ。ルイ・ラトゥールのドメーヌ・ワインとして最も有名なのは白のコルトン・シャルルマーニュとシュヴァリエ・モンラッシェの一区画「レ・ドゥモワゼル」で赤ではシャンベルタンとロマコンのすぐ路を隔てて下の畑、ロマネ・サン・ヴィヴァン・レ・キャトル・ジュルノーでありました。しかし世間の評価は知りませんが赤は何回飲んでも美味しいと思ったことがありません。

唯一ルイ・ラトゥールの赤ワインで感動を覚えたのは1959年のコルトン・グランセイ、日本でではなくボーヌの本社を訪れたとき特別に供された物でした。

このルイ・ラトゥール、私の判断では典型的な白屋、赤はどれも凡庸でグラン・クリュであっても印象に残るものは殆どありませんでした。

ですがその白屋の白ワインが今現在全く美味しく飲めた試しはありません。表現は悪いのですが「生気に乏しい」と云うか「腑の抜けた」ワインに成り下がってしまいました。

同じことを云えるのがマコンで昔名を馳せたシャトー・ド・フュイッセ。昔は指名して飲んだものですが今現在は全く名ばかりのワインとなってしまいました。

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| 11:48 PM | comments (0) | trackback (x) |


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